グラウンドが静寂に包まれ、キィンという甲高い金属音だけが空高く登り、雲の切れ間に吸い込まれた。

翠が当てたんじゃない。

きっと、翠の無鉄砲なフルスイングに、相澤先輩のボールの方から体当たりしてくれたのだ。

「嘘だろ……」

誰もが想像していただろう事態は、大きく大きく覆された。

翠が跳ね返した打球は低く弧を描き、二塁手の頭上を低飛行した。

ライナーだ。

その一打は二塁手の真後ろでワンバウンドし、トントン飛び跳ねながら一、二塁間を駆け抜けて行った。

おれは叫んだ。

「健吾ー! 回れ回れー!」

セカンドベースとサードベースの中間位置に唖然と立ち尽くしていた健吾が、ハッとして土を蹴った。

相澤先輩はマウンドの上で飛び跳ねて笑っている。

げらげらと、とてつもなく可笑しそうに。

ど素人の翠に、しかも、訳の分からない生意気な、飛び入り参加してきたような女に打たれてしまったというのに。

「ギャー! 信じらんない! 見た? 補欠」

どっとわいた歓声の中、翠はまたしても予想を覆す行動に出た。

一塁に走るわけではなく、持っていたバットを豪快に投げ飛ばして、おれに向かって突進してきた。

「えっ! 何で?」

きゃあきゃあ、笑いながら額に薄く汗を滲ませていた。

耳元のシルバーピアスが、無邪気にじゃらじゃらと弾んでいた。

おれは抱き付いてきた翠の体を、両手で受け止めた。

「うわっ! 何でこっちに来るんだ、バカッ」

「打ったー! あたし打ったし」

翠は甘い香りを撒き散らしながら、夢中になっておれに飛び付き、ぴょんぴょん飛び跳ねた。

健吾はサードベースを蹴り、大きく回ってホームベースを狙っている。

一、二塁間を抜けてセンターとライトの間を抜けた打球も、ホームベースを目掛けて飛んでくる。

「翠! 走れ! 一塁に走れって」

とおれは言い、翠の細い体を自分の体から剥ぎ取った。

「はあー? 何で?」

翠はあっけらかんとした涼しい顔をして、人の話はお構い無しにはしゃぎ続けた。