手加減なんてしなくてもいいから、少しでも手加減してもらえるように謙虚にしろよ、とおれは思い、また笑った。

それは相澤先輩も同じだった。

マウンドの頂点に立ち、翠の威勢の良さに腹から笑っていた。

本日、快晴。

今日の翠も、実に天晴れだ。

ベンチに居る即席チームのみんなも最初は呆れた空気を充満させていたのに、いつの間にか翠の応援に全力投球だ。

「吉田ー、かっとばせー」

「翠ちゃーん、ファイトー!」

翠は男勝りな性格で、さばさばしている。

でも、そこが男女隔たりなく愛される最大の要素なのかもしれない。

クラスでもムードメイカーなのだ。

「ギャー! 翠が出てるー! やっちまえーい」

「翠ー! ぶっ殺せー」

やっちまえ、だの、ぶっ殺せ、だの。

そんな事を叫ぶような女は、翠の他にはあの2人しかいない。

その喧しい歓声がするバックネット裏を振り返ると、案の定、そこには結衣と明里の姿があった。

野球部集団の真横で、2人はギャアギャアと恐竜のように騒いでいた。

ここはジュラシックパークなのかもしれない。

野球部員たちプラス花菜は、ネットを突き破って暴れ出しそうな結衣と明里にぎょっとした視線を惜しみ無く注いで、呆気にとられていた。

ルールははちゃめちゃ。

雰囲気もめためただ。

相澤先輩はやはり見る者を羽交い締めにしてしまうような、整ったフォームで大きく振りかぶった。

その瞬間、おれは何かに操られたように足を棒にして、突っ立った。

土と靴底がびったんこにひっついて、離れなかった。

もしかしたら、翠の黒魔術なのかもしれない。

翠からたった数メートル離れた地球の片隅で、おれは翠の黒魔術にかかってしまったのかもしれない。

かっけえ。

女をカッコいいと思えたのは初めてだ。

ボールが相澤先輩の指から剥がれるようにリリースされ、翠を威嚇するように突き流れてきた。

その、一瞬。

何万時間分の1秒の間に、翠が叫んだ。

「どりゃあああーっ!」