「当たり前でしょ! あたしを誰だと思ってんのよ」

その富士山のようなどっしりとした自信は、一体どこから出て来るんだろうか。

つい数分前までバットの扱い方すら、無知だったくせに。

「はあ……呆れた」

おれは不意に溜息を落とした。

セカンドベースに視線を飛ばすと健吾が呆れに呆れた顔をして、全てを諦めたかのように猫背になっていた。

「あいぞめ……あれ、何だっけ? 名前忘れたけど。あたし、あの人からホームラン打つから」

バッターボックスに入った翠は、再びバットを水平に伸ばして、相澤先輩に向かって宣戦布告をした。

「負ける気がしなーい!」

こうなってしまったら、もう誰も翠を止められない。

「翠、もうどうでもいいから、思いっきり振り切れ」

「どうでもいいとは何事だ! バカヤロー」

「……どっちにしろ、翠には打てねえよ」

相澤先輩の球を打つなんて、翠には無理だ。

じゃあ、と言っておれがベンチへ戻ろうとした時、翠に呼び止められておれは振り返った。

「補欠! いいからそこに居な」

「え、何で? 嫌だし! 危ねえもん」

「いいからそこで見てな!」

「えーっ……」

「あたし、この一球にかけるつもりだから。高校生活」

また訳の分からない事を言ってのけた翠に、おれは苦笑いした。

たかが球技大会の一球に、高校生活をかけるなんて。

翠はにたりと不適な笑みを返してきた。

これは、何かを企んでいる顔だ。

「これ打てたらカルティエのリング買って! 30万以上するやつね」

「はあ? 無理」

「翠辞書に無理という言葉は載ってない!」

また出た、翠辞書。

できることなら、その実物を見てみたいものだ。

さぞかし素晴らしいのだろう。

翠辞書。

呆れているおれを完全に無視して、翠はバットを構えてマウンドをギリッと睨んだ。

翠の耳元でシルバーピアスが、細かくプリズムしている。

「来い! 1年だと思って甘く見んなよ? あたしは手加減しないよ」

そう叫んで、翠は左耳のピアスにそっと触れた。