「ねえねえ、補欠! このバット、どこ持てばホームラン打てんの?」

「はあーっ?」

この状況で、何をほざいているんだろうか。

「いいから教えな! あたし、バット持つの初めてなの」

野球のルールも分からないければ、バットの握り方すら分からない状態で、どうするつもりなのだろうか。

しかも、この野球部を甲子園に導いた相澤先輩の白球を。

「翠……いいから返せよ。おれが打つから。そもそもルール上……」

とおれがうんちくを語り出した時、相澤先輩が止めた。

「夏井ー、球技大会なんだし、この際ルールにこだわんなくてもよくねえか?」

「でも! 先輩」

「時間やるから、その子に打ち方伝授してやれよ! ただし、1分だけな」

「ほらあ! あの人もああ言ってんじゃん! 教えな」

なんて女だ。

おれはしぶしぶバッターボックスから翠を外れさせ、身振り手振り簡単な指導を始めた。

「いいか、膝を少し曲げて……」

「こう?」

と翠は訊き返しながら、今にも折れてしまいそうなゴボウのような細い足を何度か屈伸させた。

こんな筋肉の無いゴボウ足で、踏ん張れるものなのだろうか。

今にもポキリといきそうだっていうのに。

「で、脇を締めて、バットはテープが巻かれてる部分を、こうやって持つ」

「オッケー、オッケー! かして」

「おー……」

本当に大丈夫なんだろうか。

バットよりもかなり細い腕を、翠はしている。

「でな、相澤先輩が投げて来たら、ボールから目を離すな」

「何で?」

「何でって……見てなきゃ打てないだろ」

「ああ、そっか」

「はあ……んで、ボールを良く見て、バットのここで思いっきり叩け」

とおれは溜息混じりに言い、翠が初々しく握り締めているバットの先端よりも5センチほど下の辺りを、左手でぐっと握った。

翠はバットの芯の部分を射抜くようにギッと睨み付け、自信満々に笑った。

「オッケ、超まじで完璧にマスターした! あとはあたしに任しときな」

「大丈夫かよ……」