3年生のショートを守備していた人がミスをしてくれたのだ。

それより何より、どんな形であろうと健吾は、あの相澤先輩からの内野安打を勝ち取ったのだ。

勝敗なんて本当に気にしていなかったはずなのに、欲が出た。

これはサヨナラのチャンスかもしれない。

ところが次の打者はクラスメイトの女子で、呆気なくも三球三振。

さらに次の打者はまたしても女子で、これまた見事な三振見逃し三振。

ツーアウト、ランナー、一塁。

そして、迎えたラストバッターのおれと、相澤先輩の一騎討ちとなった。

初球は相澤先輩が投じた直球の数センチ上を、おれはフルスイングした。

かすりもしなかった。

ストライク。

その瞬間に、ベンチから怒鳴り声を荒げ、発狂したのは翠だった。

「ふざけんなー! まじで使えねえ補欠だなあ! しっかりしろよ」

一塁ベースから大きくリードをとっていた健吾が瞬時に飛び出し、盗塁成功。

ツーアウト、ワンストライク、ランナー二塁となった。

これが最後のチャンスだと思って、相澤先輩と勝負だ。

相澤先輩のことだから、スライダーで勝負してくるに違いない。

きっと。

スライダーこそが、彼の切り札だ。

バッターボックスで打つ構えをしていた時、相澤先輩がマウンドで笑った。

「夏井ー、スライダーで勝負だー」

と相澤先輩は言い、左手でボールを握り締め、その腕を空高くかざした。

眩しい。

白球の頂上に太陽が当たって、きらりと一粒光った。

「打ってみろ、夏井」

「よっしゃ、絶対打ってやる」

おれは力強く呟き、バットのグリップにぎりりと力を込めた。

相澤先輩の背後に見える健吾が、自信に道溢れた顔をして、大きくリードしている姿が見える。

あいつはやる気だ。

もし、おれが打ったらこのホームベースまで一気に突っ込んで来るつもりに違いない。

相澤先輩がマウンドで投球体勢に入った時だ。

「ちょーっと待ったあー!」

と馬鹿でかい声を荒げ、バッターボックスで戦闘体勢に入っていたおれに、どかどかと駆けて来たのは翠だった。

「はいはいはい! タイム、タイム !」