その魔球にバットをかすらせる事で、おれは精一杯だった。

引退したとはいえ、あの左腕の威力は全くと言っていいほど衰えてはいなかった。

ツーストライクに追い込まれ、最終球はやっぱりあのスライダーが、おれを意図も簡単に欺いた。

がっくりしてとぼとぼとベンチに戻ると、いつも監督が座る右端の席に翠は居て、腕を組み足を組んでギャル監督と化していた。

「やっぱ、補欠は補欠ねえー。三振かよ! がっくし」

と言って、翠は本当に頭をがっくりと垂れ下げて笑った。

今日も翠からは甘い香りがした。

「うるせえなあ」

あの球は無理だ。

打てない。

「はー、がっくし! がっくし」

「こっちだって、まだ1点も許してないんだからいいだろ」

そう言って、おれは翠の隣にどっしりと座った。

他にも席は空いていてどこに座っても良かったのに、翠の隣に座った。

「やべえっ」

最終回、表。

ついに、相澤先輩のバットにおれの一球が捕まってしまった。

相澤先輩から打たれてしまったのだ。

おれの投じた一球は、甘い甘い、直球だった。

高めど真ん中に、かなり緩めのストレート。

ボールはバットの芯に捕らえられ、おれの頭上で大きな弧を描いて、青い空を駆け抜けた。

キィーン、超音波のような音だけが鮮明におれの耳を貫通した。

その瞬間、フェンスにへばりついていたギャラリー達が、わあっと声を上げた。

ああ、やられた。

と思いつつも、おれは意外にも冷静沈着で、打ち上げられた白球を目で追いかけた。

ああ、やられた。

しかし、奇跡は起きるものだ。

センターを守備していた陸上部のケイタのグローブに、その打球は吸い込まれるように入り、その回は逃げ切りに成功した。

そして、5回裏。

最終回。

先頭打者は本日限りの即席チームきっての今日打者、健吾だ。

健吾は一球目をフルスイングで空振りし、二球目をショートに転がした。

またしても、ここで奇跡が起きた。

幸運としか言い様がない、でも、間違いなく初出塁を健吾は果たしたのだ。