健吾に左肩を叩かれ、おれはグローブにボールをしっかり挟んで、憧れのマウンドに向かった。

「夏井」

緊張した面持ちのおれの背中に駆け寄って来たのは、ジャージ姿も二枚目の相澤先輩だった。

おれはとっさに振り返り、ホームベースとマウンドのちょうど中間辺りで立ち止まった。

相澤先輩は二枚目の顔を爽やかに崩して、おれの肩を叩いた。

「これも何かの巡り合わせだな」

普段話すのがあまり得意ではないおれも、相手が相澤先輩となると心が弾む。

最上級に、憧れているのだ。

「相澤先輩! まさか先輩と対決する羽目になるなんて、思ってなかったっすよ」

「おれもだよ。よーし、初勝負といきますか」

「うす! 手加減なしっすよ」

にたりとおれが微笑むと、

「当たり前だろ! 生意気なんだよ」

と相澤先輩は言い、おれの背中を叩いて三塁側ベンチに駆けて行った。

相澤先輩の背中がいつにも増して、大きく広く見えた。

おれは、彼に、相当憧れている。

「やっぱ、カッコいいんだよなあ」

うっとりした声で1人呟きながら、おれはマウンドに立った。

「補欠ー! 全部三振にしちまいな!」

一塁側ベンチで、翠がまたもや無理難題を押し付けてきた。

おれはホームベースに背を向けてマウンドに立ち、がっくりと肩を落として背中を丸めた。

「無理言うなよ……」

本当に力が抜ける。

翠は実に能天気で、天真爛漫だ。

この2つの言葉は翠のために存在しているんじゃないか、とおれは思う。

クラスのやつらも、あらかじめ決めていたポジションにつき、試合が始まった。

相澤先輩が振りかぶる度、真っ黄色の声が飛び交う。

グラウンドのフェンスを取り囲む歓声。

キャッチャーミットに白球が勢い良く食い込む、バシッ、という重みのある軽快な音。

試合はとんとんに運ばれた。

両者無得点のまま、いよいよ最終回へと持ち込まれた。

二回裏の攻撃で、相澤先輩と直接対決になった。

おれはバッターボックスに立ちすくんで、ただただ感動に酔いしれた。