「何、この人だかり……ありえないんだけど」

翠はホームベース付近に唖然と立ち尽くし、がやがやとざわめくギャラリーを睨むようにぐるりと見渡した。

「響也ー! こっち」

とおれを呼んでいたのは、健吾だった。

そのいきいきとした声のする方へ視線を飛ばすと、一塁側ベンチには一足早く到着していた健吾と、野球を選択したクラスメイト達が集結していた。

どうやら、おれと翠を待ちくたびれていたらしい。

「すっげえ観客だなあ……ほぼ全校いるんじゃねえの?」

おれも圧倒されるほど、おびただしい数のギャラリーだ。

無理もないのかもしれない。

理由なら明確だ。

誰もが見たいのだ。

甲子園大会で一試合投げ抜いた、あの左腕の威力を。

相澤隼人のスライダー、を。

「翠、行くぞ」

「ああ、うん」

なんて不似合いなんだろうか、とおれは翠の手を引きながら小さく笑った。

グラウンドという汗と涙臭い場所に、翠は似合わな過ぎる。

華奢でひょろりとした体も、そのフランス人形のような縦ロールの髪型も。

きっちりとした濃い化粧と耳にぶら下がっている、幾つかのシルバーピアスも。

「悪い、遅くなった。んで、先攻か? 後攻か?」

一塁側ベンチに入りながら健吾に訊くと、

「後攻。んで、時間制みたいでさ、5回ゲームならしい」

健吾はすでに戦闘態勢に入った鋭い目付きで答えた。

野球が絡むと、健吾は人が変わる。

顔付きも、背筋の伸び具合も。

寝不足だろうがだるかろうが、グラウンドに入りミットを手にした瞬間に、プレミア付きの野球馬鹿になる。

最高級品質の、おれの相方だ。

そんな健吾が、おれは好きだ。

やっぱり相方は健吾しかいない。

いつもそう思い知らされる。

「夏井、岩渕。おれ達みんな野球は初心者だからさ。お前らだけが頼りだぜ」

「しかも、相手はあの相澤さんなんだろ?」

おれと健吾が戦闘体勢に入った頃、自信喪失気味に話し掛けて来たのは、クラスメイトのケイタとヒロキだった。

先に言って来たのはケイタで、彼は陸上部の2000メートル走のエースだ。

まだ、1年なのに。