黒く艶のあるショートボブの髪型を、くしゃくしゃに乱して。

「響也、健吾! あんた達のクラスとお兄ちゃんのクラス、次、対決なんだって?」

凄まじく呼吸を乱しながら、花菜が言った。

だらけていたおれの背筋がしゃきんと伸びた。

花菜の言葉を聞くなり豹変したのは、だらけていた健吾だった。

「何! まじかよっ! 相澤先輩のクラスと?」

こうしちゃいられん、と叫び、健吾は自分のスポーツバッグから、自慢の商売道具を引っ張り出した。

あの、青いキャッチャーミットだ。

中学2年の冬にオーダーメイドで作ってもらった、健吾の命の次に大切な物だ。

なぜ青いのかというと、青いミットはストライク率が高いというジンクスがあったからだ。

「まじまじ! お兄ちゃん投げるみたいよ! もうグラウンドにいる! じゃあ、あたしは見に行くから」

お先、と言って、まるで神隠しにでも遭遇したかのように、花菜は再びバタバタと足音を響かせて、廊下を駆け抜けて行った。

おれも、こうしゃいられん。

相澤先輩が投げる。

そう聞いて、ついにおれの中に眠っていた何かが、ゴウゴウと疼き出した。

心臓がばくばくした。

「響也、行こうぜ」

「おう」

おれも瞬時にスポーツバッグから商売道具を引っ張り出し、健吾は糸で操られるように教室を飛び出した。

その素早いこと。

おれも無我夢中で机の波を掻き分けて教室を飛び出そうとした時、翠に呼び止められた。

「待ちな! あたしを置いてくなんて100万年早い! 補欠のくせに」

振り返ると翠はやっぱりジャージをだらしなく着こなしていて、仁王立ちして腕組みまでしている。

「馬鹿! 相澤先輩が投げるんだぞ! 分かってんのか?」

とおれが興奮さながら言っても、翠には全く効き目がなかったようだ。

翠は椅子にどってりと座り直し、腕組みならぬ今度は足まで組み始める始末だ。

「あいざわー? 誰よ、それ。翠辞書には載ってないわあ」

「は? 翠は相澤隼人知らねえの?」

「知らん」

「信じらんねえ」