病院に駆け付けた時、翠はもう冷たくなっていた。


地下の仄暗い霊安室に、翠は1人眠っていた。


美しい白雪姫のような顔に手のひらで触れた時、やっと涙が出た。


どんなに名前を呼んでも、翠はただ眠っていた。


あまりにも突然の別れだった。


翠にしがみついて声を押し殺すおれを、背後から抱き締めてくれたのは、さえちゃんだった。


「響ちゃんと映画観るんだ、って。家を出た時、突然。雪の中に倒れたの」


「そう……」


「それで、そのまま……」


さえちゃんはおれを抱き締めたまま、口をつぐんだ。


あまりにも突然の事だった。


たぶん、翠自身にも予測ができなかったのだと思う。


よく、ドラマや映画では何かしら手紙や遺書なんかが残されているけれど。


そんな物は1つも残されていなかった。


翠は何も知らずに、逝ってしまったのだろう。


怖かったと思う。


強がりな翠の事だから。


すごく怖がりでさみしがり屋のフランス人形だったから。


怖かっただろうに。


最期の瞬間に、翠は何を想い、その目に何を映したのか、今でも分からない。


あれからの月日。


毎日、翠の事ばかりを想ってきた。


洞窟のような空虚な日々を送ってきた。


海辺の街の小高い丘の上にある、墓地公園。


頂上から眺める景色は息を呑むほど絶景で、海辺の街を一望できる。


ここに、翠は眠っている。


大好きな父さんと一緒に笑っているのだろう。


長い長い石段を上っていると、途中すれ違った2人組の女と目が合った。


「あ! 夏井だあ」


「ヘーイ、夏井」


黒い喪服に、華奢な真珠のネックレス。


どちらもあか抜けて、大人びていた。


長い茶髪の髪の毛は明里で、栗色のショートボブの女は結衣だった。


明里は地元の短大に進学して、今は保育士を目指している。


結衣は地元のアパレル関係の仕事に就き、社会人の仲間入りだ。