お盆のお墓参りに来た人たちだ。


おれは、トルコギキョウを優しく抱き抱えて車を降りた。


杉の木からはたっぷりの木漏れ日と、美しい蝉時雨が降り注いでいる。


午前といえども外は蒸し暑く、すぐに肌が汗ばむ。


長い石段。


丘の上を見上げると、青空に薄いベールのような雲が広がっていた。


肩を叩かれてハッとした。


「もう、半年になるのか。早いな」


寂しそうに、健吾が目を伏せる。


黒いネクタイをキュッと締め直して、修司が肩をすくめた。


「本当だな。早いよなあ」


「そうか? おれは長く感じてるけど」


そう言って、おれは石段を上り始めた。


だって、翠が居ない毎日は、時間の経過がやけに遅く感じるから。


今から半年ほど前。


まだ深い雪が街を白く染めていた冬の終わりに、翠は、この世を去った。


まるで、忽然と姿を消す猫のように。


あまりにも突然だった。


本当に、何の前触れもなく、突然。


翠は、空の向こうへ行ってしまった。


何の挨拶もなかった。


その日は映画を観に行く約束をしていて、おれの家に泊まりに来る予定になっていたのに。


待ち合わせの駅前に、翠が現れる事はなかった。


どんなに待っても、翠が来る事はなかった。


深深と降る雪の中、1本の連絡があった。


さえちゃんからの電話だった。


『翠、死んじゃったよ』


駅前を行き交う人たちは、身を寄せあってすごく温かそうなのに。


おれは1人孤独で、大粒のわた雪に打たれ続けていた。


何言ってんだよ、なんて笑う余裕すらあった。


でも、さえちゃんは絶対に笑わなかった。


『本当だよ、響ちゃん。翠が死んじゃった』


猫踏んじゃった、じゃあるまいし。


なんて、おれがどんなに笑っても、電話越しにきこえてくるのは、さえちゃんのすすり泣く声だった。