「あーあ。盗まれた。おれの残りの夏」


翠はくすくす笑っていた。


「いやーん! 響也! カッコいいー」


花菜がきらきらした目で、おれの真後ろに立っていた。


ハッとして見渡すと、みんながニタニタしながらおれと翠を見つめていた。


「翠、翠。おれの夏もくれてやろうか?」


健吾が言うと、翠はフンッと鼻を鳴らして、おれの胸にうずくまった。


「いらんわ! 健吾の夏なんかゴミ箱に捨ててやる! いらん、いらん!」


「こんの……バカ女がー」


「ギャーッ! くたばれ、健吾!」


「うるせい! 響也、響也って! 離れろや」



健吾が、おれから翠を剥ぎ取ろうとすると、翠は奇声を発しておれにしがみついた。


ワイシャツが破けてしまったほど、翠はおれにしがみついていた。


「あたしは補欠の大事な女じゃ! その女になんと無礼な! このカスが」


健吾が口をあんぐりさせて、翠を見つめていた。


ヒュウヒュウ、はやしたてる部員たち。


「いやーん、翠ちゃん、かわいい」


うっとりしながら、花菜が翠を見つめていた。









ハッとした。


『ワンアウト、3塁! 初球、スクイズ!』


わあっ、という大歓声と解説者の興奮した声が、おれを現実に引き戻した。


健吾は興奮しながらハンドルを握り、修司はさっきよりも興奮していた。


抱きかかえていたトルコギキョウが、車が振動するたびにふわふわと花びらを揺らす。


あの日から、もう1年が経った。


たった1年しか経っていないのに、長い歳月を経たような気がする。


『追加点! 桜花、2点目!』


解説者が叫んだ時、車は住宅街を抜けて、閑静な小高い丘の麓に到着した。


広々とした駐車場に、健吾が車を停めてエンジンを切った。


フロントガラスの向こうを、たくさんの人たちが行き交っている。


花束、お供え物。


槽と杓子。