―補欠が負けるわけないじゃない!―



―ここで負けたら、意味がないじゃんか!―



―あたし、我慢した意味がないじゃんか―



―あまり会えなくても、我慢してきたんだから―



―勝ちなさいよ!―




「泣いてたよ。怖いって。野球してる時の夏井は、すごく遠くに感じるんだって。いつか、手が届かなくなるかもって」


―でもね、先輩―



―野球してる時の補欠は、宇宙一、カッコいいんだよ―


「って、わんわん泣いてたぞ。お前さ、翠ちゃん我慢させてきたんだから、今日くらい」


死ぬほど抱き締めてやれよ。


そう言って、相澤先輩はやわらかく微笑んだ。


「相澤先輩」


相澤先輩に駆け寄り、おれは頭を下げた。


「ありがとうございました」


顔を上げると、相澤先輩に左手を出せと言われた。


言われた通りに手のひらを上にして左手を突き出すと、相澤先輩は左手のひらでパンとおれの左手を弾いた。


タッチ。


「お前の1番大切な「夏」今、確かに返したよ」


車で待ってる、そう添えて、相澤先輩は階段の向こうに消えて行った。


滲んだ涙を、アンダーシャツの袖で拭う。


おれは一歩を踏み出した。


すぐ目の前のベンチに座っている、1番大切な「夏」を抱き締めるために。