おれはグローブとスパイクをスポーツバッグに押し込んで、背中に背負った。


「監督」


帽子をとり、監督の目をじっと見つめた。


「おれと心中してくれて、ありがとうございました!」


精一杯声を張り上げて、おれは言った。


「おれをマウンドに立たせてくれて、ありがとうございました!」


6試合、おれの肩を信じてくれて、ありがとうございました。


「ありがとうございました」


一礼して、おれは通路を駆け出した。


タンタンタン、と階段を駆け上がる。


外に飛び出すと、壮大な青空が待っていた。


がらんとした、アルプススタンド。


さっきまで、ここには溢れんばかりの応援団や観客がいて、びっしりと埋め尽くされていたのに。


グラウンドを見下ろすと、スプリンクラーから水が巻かれ、グラウンド整備が行われていた。


横に視線を飛ばすと、応援スタンドの1番上から2段下の席に、2つのシルエットがあった。


夕暮れ間近の陽光に照らされ、薄いシルエットになって見えた。


「夏井!」


声をかけられ、ハッとした。


相澤先輩がおれのところへ駆けてくる。


ぺこりと一礼して、おれは顔を上げた。


「おめでとう、夏井。いよいよ、甲子園だな」


「おす」


「まったく」


わははははと豪快に笑って、相澤先輩はおれの背中を叩いた。


「他に言う事ないのか? 嬉しいとか、やったーとかさ。クールっていうか、感情表現が下手っていうか」


「すいません」


「まあ、いいよ」


そう言って、相澤先輩はマウンドを指差した。


「あそこ。マウンドばっか見つめてんの、翠ちゃん。カッコいいって。そればっか」


「え……?」


フフと鼻で笑い、相澤先輩はおれの左肩をポンと叩いて、背を向けた。


階段を下りて行こうとする。


でも、2、3段下りたところで振り返り、相澤先輩が言った。


「ツーアウト満塁になった時、翠ちゃんが泣いたんだ」