ここは地元の県立球場なのに、アウェイに居る気分だ。


ひっきりなしに、ホームからバックスタンドに向かって、強い風が吹き抜けていた。


マウンド上に直立し、おれは目を閉じた。


ボールの縫い目にそって指を当て、その感触を確かめながら神経を集中させた。


県立球場に地響きが起こっている。


大歓声。


右から左から、大歓声に押し潰されそうだ。


集中力を研ぎ澄ませる。


大歓声は徐々に小さくなり、次第にナインの声の方が大きくなる。


「ツーアウト」


「満塁だぞ」


「前進守備!」


「夏井! 大事にいけよ!」


健吾の声が、耳を突き抜けて行った。


「集中! 集中!」


その声を最後に、もう、仲間の声ですら遠退いていく。


ふう、と息を吐き、おれはユニフォームの上から、必勝のお守りをぎゅうっと握り締めた。


翠。


もし、勝ったら。


恥ずかしくて口にだせずに来てしまったけれど、その一言を、きみに伝えてみようと思う。


だから、見守っていて欲しい。


もし、勝ったら必ず言うから。


いつものように、笑い飛ばして欲しい。


前から吹く強い熱風を受けながら、おれは静かに目を開いた。


健吾がミットを構えていた。


青いミットが太陽に照らされて、鮮烈な光を放っていた。


健吾。


お前にも言えずじまいで、結局、言葉にできなかったけれど、いつも心から思っていた。


感謝。


ありがとう、を越えた、感謝。


健吾、相方がお前で、感謝。


もし、優勝することができた暁には、その時は、口で伝えようと思う。


おれが野球を続けてこれたのは、マウンドに立っているのは、健吾のおかげだ。


感謝。


大きく振りかぶり、おれは残っているありったけの力を、その一球に込めた。