打球は高く上ったけれど伸びる事はなく、急降下した。


勇気がグローブを前に伸ばして、落下地点に飛び込んだ。


砂ぼこりが舞い上がるグラウンド。


場内が揺れる。


3塁走者がサードベースで構えたまま、静止していた。


砂ぼこりがはけた時、高々と突き上がるグローブが見えた。


うつ伏せにグラウンドに倒れ込んだまま、勇気がグローブを突き上げていた。


場内が、今日一番の歓声にわいた。


4番打者がファーストベースを駆け抜けて、ファウルグラウンドに膝から崩れ落ちた。


ファインプレーもいいとこだった。


深い守備位置が激走してきた勇気が、その打球を掴んで、ツーアウト。


3塁ランナーは、その場に踏みとどまった。


ツーアウト、2、3塁。


「夏井先輩!」


砂ぼこりまみれの勇気が真っ黒の顔に白い歯をこぼれさせて、マウンドに駆けてくる。


そして、おれのグローブにボールを押し込んだ。


「あと1つですよ! あと、1つ」


おれは何も言わずに、頷いた。


「少しでも長く、夏井先輩の真後ろを守らせてください」


そう言って、勇気は背を向けて守備位置へ駆け出した。


背番号、8。


その生意気な背中に何か言葉をかけてやりたかった。


とびっきり、カッコいい言葉。


でも、かけてやれるようなカッコいい言葉が見つからなかった。


これしか、見つからなかった。


「勇気!」


驚いた顔で、勇気が振り向いた。


「長い夏にしようや!」


勇気はにやりと笑って、左手のグローブを突き上げて「おす」と頷いた。


甲子園、地方大会。


決勝。


最終回の裏。


やっと、ここまで来た。