西工業のエースに異変が起きた。


突然、目いっぱいに涙を溜めながら空を仰いだ。


そして、マウンドの頂点で直立し、味方ベンチに向かって帽子を取り、頭を下げたのだ。


何が起こったのか分からなかった。


西工業のエースはベンチに向かって深々と頭を下げたまま、上げようとしない。


ベンチも応援スタンドも、騒然としていた。


ぼつり、ぼつり。


あれは……汗だろうか。


そう思いたかったけれど、どうやら違っていた。


西工業、背番号1。


エースは頭を下げたまま歯をギリギリと食い縛り、マウンドに涙を落としていた。


西工業の監督が動いた。


「タイム!」


主審が声を張り上げた時、西工業のエースはがくりとマウンドに両膝をついて、崩れ落ちた。


すかさず、内野手がエースの元へ集まる。


おれも昌樹も遠藤も、呆然としてベース上に立ち尽くしていた。


場内にアナウンスが流れる。


「ピッチャーの交代をお知らせ致します」


背番号1、宮崎くんに代わりまして、背番号10、小林くん。


3塁側ブルペンで投球練習していた背番号10が、マウンドに駆けてくる。


マウンド上に崩れ落ちたエースは、三塁手と遊撃手に抱えられ、ふらふらした足取りでマウンドを下りて行った。


フィールドを出たエースは、味方ナインに深々と頭を下げて、ダッグアウトに入って行った。


何が起きたのか、さっぱり分からなかった。


ダッグアウトに入って行ったエースを、控えの選手たちが笑顔で迎え入れ、抱き締めていた。


野球には数えきれないほどのドラマがある。


その舞台裏を知っているのは、味方である仲間たちだけだ。


野球には、壮絶なドラマがある。