ベンチへ戻ると6回表の攻撃は終盤を迎えていて、結局、南高校は三者凡退。


無得点のまま、チェンジとなった。


「あれ? おれのグローブ……」


さっきは確かにベンチに置いてあったのに、探しても見当たらない。


「響也が探しているのは、これですか?」


「あ!」


「商売道具でしょ!」


花菜がキンキン声を張り上げ、おれのグローブをぽーんと投げてきた。


それを両手でしっかり受け止め、右手にはめた。


「さんきゅ」


「気持ち切り替えて、きっちり抑えて来なさいよ!」


おれはグローブを高々と突き上げ、頷いて、ダッグアウトを飛び出した。


「ほんっと、口べたなんだから! 返事くらいしなさいよ!」


花菜の声は、本当によく通る。


うるさいくらいだ。


マウンドの土が、スパイクに馴染む。


スプリンクラーの水を吸い込んだ土が、ちょうどいい具合の固さだ。


直立に立ち、空を見上げた。


青く澄んだ空を、大きな雲が西から東へと流れていく。


上空から視線を戻すと、3塁側ベンチからバットを持った西工業の打者が歩いてきた。


バッターボックスに入ったのは、右打者。


健吾からのサインは、フォークボール。


セットポジションに入り、ボールを強く握った。


打者がフルスイングして、ボールの上を振った。


6回裏。


ノーアウト、ワンストライク。


リリース時のボールが指から離れる感触。


球の切れ具合。


悪くない。


肩が痛みを増していく一方で、おれの気力も十分に増していた。


翠が見ていてくれている。


それだけで、力がわいてくる。


この回、是が非でも守り抜いて、ゲームの流れを南に引き寄せ不動のものにしたい。


投じた、2球目。


甘めに入ってしまった直球を、打者がレフトのポールすれすれに放ち、ファウルボール。


冷や汗が出た。