えっ、という顔をして、翠がおれを見た。


「あなたの代わりに、おれが翠を甲子園に連れてくって。夏の終わりの北極星に誓ったから」


翠が大好きだった、翠の父さんに。


翠は泣きっ面でふにゃふにゃした声で言った。


「かけて」


「え?」


「あたしたちが出逢ったのが、偶然じゃなかったんだって証明して」


真夏の陽射しが、燦々と降り注ぐ。


「補欠の一球に、あたしたちの運命、かけて!」


そう言って、翠はおれの指ごとフェンスを握り締めた。


大きな瞳から、大粒の涙をぼろぼろこぼしながら。


可愛らしくて、愛しくて、どうにもこうにも気持ちが溢れだしてしまった。


「相澤先輩」


おれが声をかけると、相澤先輩は少し潤んだ目で見つめ返してきた。


「どうした?」


「フェンスぎりぎりまで、翠の顔を近付けてくれますか?」


「ああ、うん」


フェンスぎりぎりに、翠の体と顔が寄ってきた。


翠はおれの手を握ったまま、フェンスから離そうとしない。


おれは、もう一つ、相澤先輩にお願いをした。


「それと、いいって言うまで目閉じててもらえますか?」


「何で?」


相澤先輩が首を傾げて、けげんな目をした。


「いいから。頼むっす」


腑に落ちない様子で、相澤先輩がぎゅっと目を閉じた。


「翠」


そう言って、おれは右手で手招きのジェスチャーをした。


「顔、もっとこっち」


翠は何も言わずにおれの手を握ったまま、フェンスに顔を近付けた。


あのさ、翠。


おれたちの運命ってやつ。


「かけるよ」


それだけ口にして、おれはフェンスの網目から翠の額にそっと口づけた。


もし、勝ったら、おれたちは運命に導かれて、出逢った。


その時、ベンチの方から大声が飛んできた。


「響也あー! 戻ってこーい! 始まるぞー!」


とっさに唇を離しベンチの方を見ると、健吾が青いミットをぶんぶん振り回していた。