そして、かなり強烈なフランス人形だ。


ある時は、母親のような口調で「こうしなさい、ああしなさい」と言ってみたり。


ある時は、抱き締めてやりたい、なんて。


まるで、頼れる彼氏のような事を口走ったり。


きれいな顔立ちをしていながら、突然、ぶっ殺すだの、ペンチを持ってきてだのと恐ろしいことを吐いたり。


でも、ある時はいきなり女の顔をして甘い口調になったり。


好きだ。


どうしても、翠が好きだ。


「翠、手、かして」


そう言って、おれはフェンスに左手のひらをぴたりと張り付けた。


翠も、左手を貼り付けてよこす。


フェンスの網目を掻い潜らせ、おれと翠は指を絡めた。


「今、3対3で同点なんだ。けど、絶対に勝ってみせる」


翠の指をきゅっと握りながら言った。


「約束しただろ。一緒に甲子園行こうな」


翠がおれの指を弱く握り返しながら、目に涙を浮かべた。


「負けても……いい」


「え?」


「甲子園、行けなくてもいい」


翠の目から透明な滴が溢れて、夏の陽射しが反射して眩しい。


「泣くなよ」


「別に行けなくてもいい。補欠が側にいてくれたら、あたし、他は何も望まないよ」


居てくれるだけでいい、そう言って、翠はわあっと泣き出してしまった。


「目が覚めた時、怖かったんだよ。もしかしたら、補欠に会えないまま天国行きだったのかもって。そういうのは嫌だから」


「翠ちゃん」


相澤先輩が柔らかく微笑んで、翠の肩をぽんぽんと叩いた。


まるで、赤子をあやすような優しい手つきで。


このフェンスなんか突き破って、翠を抱き締めてやりたいと心底思った。


「負けるわけにはいかねえよ。翠の父さんに誓ったから」