「うん?」


「これ、大会の前日に渡そうとしてたのに、できなかったから」


遅くなってごめんね、そう言って、翠はフェンス越しに右手を伸ばしてきた。


真っ白な白い手が開き、赤い小さなお守りが出てきた。


必勝、と金色の糸で刺繍された、縦に長い長方形のお守りだった。


「今まであたしの首にさげてたから、ご利益あるよ」


そう言って、翠は右手を伸ばしたまま、おれににっこり笑った。


今、ここで、翠の唇を奪ってやりたいと思った。


笑うと口角がクッと上がる、その小生意気な唇を。


「ほら。翠さまが力を吹き込んでやった、最高級のお守りだよ」


素直に受け取りなさい。


そう言って、翠はフェンスの網目からお守りを突き出した。


目頭が猛烈に熱くなり、おれは帽子をぐっと深くかぶってうつむいた。


「夏井」


相澤先輩に言われ、顔を上げ、おれはフェンスごと翠の指を掴んだ。


「ありがとう、翠」


翠が細い指を一生懸命動かして、おれの指にからめようとする。


でも、フェンスの金網が邪魔をして、うまくできない。


「もう!」


翠は相澤先輩の腕に抱かれたまま、毛布から上半身を出して、両手でフェンスに飛び付いてきた。


「このフェンス、ぶっ殺す」


「はっ?」


「だって、あたしと補欠の邪魔ばっかするんだもん」


許せない、そう言って、翠はキッと相澤先輩を睨んだ。


「先輩。ペンチか何か持ってきて」


「ええーっ?」


さすがの相澤先輩も呆気にとられたのか、口をぽかんと開けていた。


「ごめんね、補欠」


翠が細い腕でフェンスをカシャカシャと揺らした。


「補欠のこと、今すぐ抱き締めてやりたいけど、こいつが邪魔すんのよ。ぶっ殺す」


おれの大事な彼女は、少しスバ抜けている。


おれと相澤先輩は、目を合わせてブハッと吹き出した。


翠は、へんなフランス人形だ。