こめかみから、大粒の汗が伝い落ちる。


「翠なら病院ですよ!」


おれが声を張り上げると、若菜さんはふるふると頭を振って、もう一度、ライトスタンド方向を指差した。


「今、来てるんだよ! 翠ちゃん」


「えーっ」


おれは5歩後退して目を細めて、ライトスタンドを見つめた。


県立球場の応援スタンドは緩い勾配になっていて、1塁ベンチ側の方が高く、ライトに向かって下り坂になっていた。


ライトの奥は、誰でも入ってきて観戦できるように、広々とした芝生になっている。


「夏井くん! 今、隼人が翠ちゃん連れて、あっちから上がってくるから」


行って、と若菜さんは額に汗をにじませながら、ライトの奥を指差した。


「もたもたすんなよ。行ってこいよ」


と大輝がおれの背中を強く押した。


「もうグラウンド整備おわるぞ。急がないと6回が始まる」


何も返事をせず、おれは応援スタンドのずっと奥に広がる芝生を見つめていた。


人影が見えた。


茶色の髪の毛、白いTシャツ。


相澤先輩だとすぐに分かった。


「悪い。すぐ戻る」


そう言って、おれは駆け出した。


疲れきっている体での全力疾走は、さすがにこたえた。


でも、その姿を見つけたとたんに、一気に吹き飛んでいくようだった。


相澤先輩が少し遅れると電話をしてきた意味が、ようやく分かった。


「翠!」


翠は白い毛布にくるまれ、相澤先輩にだっこされていた。


白くて華奢な手が毛布の中からすうっと出てきて、おれに向かって左右に揺れる。


頭は包帯が巻かれているままで、それを気にしているのか、白い帽子を被っていた。


例えば、アンデルセンの童話。


例えば、グリム童話。


違う。


シンデレラか、白雪姫。


とにかく、相澤先輩の腕に抱かれてお姫様だっこされていた翠は、本物のプリンセスのようだった。


ちょっとへんなドレスを着た、プリンセス。