それ自体、奇跡じゃねえか。


もう、十分じゃねえか。


弱い自分が、汚い心を吹き込んでくる。


もう、いいじゃねえか。


タイムをとってマウンドに駆けてきた健吾が、おれの肩をポンと叩いた。


「響也、あと、アウト2つだからな」


「うん」


と返事をすることで精一杯なほど、おれは疲れきっていた。


「2点くらい、おれたちが取り返してやっから。だから、お前は堂々と投げろ」


分かっている。


けど、その投げる事すら難しいのだ。


1つのアウトをとるのが、難しい。


「健吾……おれ、集中力が切れた」


健吾は驚いた顔をしていた。


マウンド上でおれが弱音を吐いた事に、驚いたのだろう。


「けど、勝つんだろ! 翠を、甲子園に連れてくんだろうが!」


健吾の目は真っ直ぐで、おれの情けない急所を一気に射抜いた。


「うん」


「ストライク入らなくてもいいから、がむしゃらに投げろ。全部、おれが捕ってやる」


ホームに戻った健吾が、ミットを構える。


そのミットにカーブを投げ込んだ。


8番打者が放った強いライナーに、岸野が飛び付いた。


ダイビングキャッチ。


グローブにボールを入れたまま、岸野がマウンドに駆けてきた。


「打たせろ。な。おれたちが捕ってやるから」


「うん」


「気持ちに負けんなよ」


そう言って、岸野はおれのグローブにボールを入れて、守備位置に戻った。


ツーアウト、3塁。


西工業、9番打者がバッターボックスに入った。


一球目、シュートボール。


ストライク。


二球目、スライダー。


ボール。


三球目。


バットが回った。


銀色のバットがおれのスライダーを捕らえ、弾き返した。


三遊間を打球が転がっていく。