「は?」


おれが訊き返すと、健吾が楽しそうに笑った。


「ヘルメットにボールが当たった瞬間にさ」


そう言って、健吾は自分の頭をこぶしでゴツンと叩いた。


「緊張がとけて、野球の神様が降りてきたらしいぞ」


「イガが言ったのか?」


「そ。吹っ切れたって。響也のために必ず生還するからって、伝えろって」


そう言って、健吾はおれの背中を叩いた。


じんじん痛むほど、強く。


その時、2番打者の村上がゆっくりとバットを振り切り、イガが2塁に駆け出した。


盗塁。


西工業の捕手が、瞬時に速球を2塁に送った。


「セーフ」


舞い上がる砂ぼこりの中から現れたのは、ガッツポーズをして立ち上がるイガだった。


盗塁、成功。


ノーアウト、2塁。


ワンストライク。


次の一球を、村上がセーフティバント。


打球はファースト方向に転がり、イガは確実に3塁へ進んだ。


ワンアウト、3塁。


3番打者、岸野が監督のサインを見て頷き、3塁にかまえているイガと目を合わせてニヤリと不適な笑みを浮かべた。


ぞくぞくした。


野球ってすげえ。


西工業のエースがボールをリリースした瞬間に、イガはすでにホームベースを狙って走っていた。


ボールは直球だと見えた。


その一球を、岸野が弾きセカンドに流した。


ぎゃああ、と応援スタンドがいっきに弾んだ。


1回の表、先制したのはスクイズを成功させた、南高校だった。


イガはいつも笑っている。


でも、これほどまでに高揚したイガを見たのは、初めてだ。


ジャンピングガッツポーズをしながら戻ってきたイガを、ナインがバシバシ叩く。


セカンドゴロに打ち捕られた岸野も戻ってきて、イガとハイタッチ。


これがあるから、野球はやめられない。


ツーアウト、走者はなし。