―補欠をとられると思って、悔しくて―



―だって、涼子先輩、美人だから―



―廊下で擦れ違うたびに睨んだりして、ごめんね―



―あっかんべーしてごめんね―


―嫌いって言ってごめんね―



―本当は嫌いじゃないよ―



―卒業しても、夏井響也のこと応援してくれる?―



―涼子先輩、幸せになってね―



「涼子先輩! 卒業おめでとう! って言ってくれたの」


あの日の翠ちゃんの笑顔が忘れられない、と涼子さんは嬉しそうに笑った。


やっぱり、翠らしいと思った。


素直じゃなくて、とことんひねくれてて、それでいて最後は手のひらを返したように素直になったりして。


「なんて正直な子なんだろうって。だから、夏井くんもこの子を好きになったのかなって」


少し悔しかったな、と涼子さんは肩をすくめて階段をゆっくりと上がり始めた。


「たぶん、そうなんだと思うっす」


1段飛ばしで階段を駆け上がって、涼子さんの隣に並んだ。


「コラー! ちゃんと並べよ!」


「割り込むな!」


大部屋の前に着くなり、おれと涼子さんはプッと吹き出した。


「だから順番に並べって!」


大部屋からはまるでどんちゃん騒ぎのような賑やかな声が、大音量で漏れていた。


ガガー、ガガー、と機械が活発に作動している音も。


ふすまを少しだけ開けて、涼子さんが中を覗いた。


「大盛況」


「まじですね」


涼子さんの頭上からから中を覗いていると、涼子さんがふすまを静かに閉めた。


「入らないんですか?」


「夏井くん」


「はい」


私からの最後のお願いです、そう言って、涼子さんはおれにぺこりと頭を下げて言った。


「最高の夏を、掴んでください」


さすがに、ぐっときた。


彼女でもない人に、ましてや先輩のお嫁さんに言われた一言は、おれの目頭を熱くした。