「淳平……?」


おれが首を傾げていると、涼子さんはクスクス笑って、おれの目の前まで歩いてきた。


「私ね、もう、岩瀬涼子じゃないんだよ」


「え?」


「私ね、本間涼子になったの。こう見えても、人妻」


そう言って、涼子さんは芸能人の結婚会見のように、おれの顔に左手の甲を突き出した。


頭の中が、ほんの一瞬だけ白くなった。


本当に真っ白になるんだと、びっくりした。


涼子さんは、おれの1つ歳上の先輩で、元右腕エースの本間先輩と、この夏に入籍していた。


付き合うまでの経緯は、教えてくれなかった。


涼子さんは20歳で、本間先輩は19歳。


ただでさえ驚いてばかりのおれを、さらに畳み掛けるような発言を、涼子さんはした。


「いるの。ここに」


そう言って、ぺったんこのお腹を、涼子さんは包み込むようにそーっと撫でた。


これ以上ないってくらい、幸福に満ちた顔で。


「淳平の、赤ちゃん」


今、3ヶ月なの、と涼子さんは添えた。


「え……え……」


やばい。


目ん玉が飛び出る。


おれは慌てて両目をこすった。


「えーっ!」


野球以外でこんなにでかい声を出したのは、いつ以来だろうか。


あまりの衝撃に、おれはオロオロしてしまった。


しばらくオロオロしたあと、涼子さんにもう一度、訊いてみた。


「まじっすか?」


「うん」


しとやかに答えた涼子さんは、嬉しくてたまらないとでも言いたげに、お腹を触った。


「おめでとうございます」


素直に、出来る限りの祝福を贈りたいのに、なんでこう、もっとカッコいい言葉が出てこないんだろうか。


おめでとうございます、と何度も何度も繰り返した。


「でも、涼子さん痩せ過ぎっすよ」