「困ってる夏井くん、モンチッチみたいでかわいい」


「……あの」


人の記憶ってのはかなり曖昧で、だけど、凄まじく発達しているのだと思う。


いつだったか、そのワンフレーズをあの人に言われた日のことを、ハッと思い出した。


「涼子さん」


恐る恐る顔を上げると、彼女はにっこり笑って頷き、パチパチと拍手をした。


「大正解」


涼子さんの左手の薬指と笑顔が眩しくて、とりあえず笑った。


「お久しぶりです。すいません、ぜんぜん分かんなかったっす」


あまりにもきれいになっていて。


そう言おうと思ったけれど、やめておく事にした。


もし、ここに翠がスパイを送り込んでいたらと思ったからだ。


有り得ない事だけれど、あの翠のことだ。


有り得るかもしれない。


「失礼しちゃう」


小さな口を大きく開けて、涼子さんはあははと無邪気に笑った。


おれは本当に失礼な男なのだと思う。


「すいません」


外見は本当にきれい過ぎて、すぐに気付くことができなかった。


でも、クスクスしとやかに笑う時の仕草も、おっとりとした口調も。


そこは何も変わってないじゃないか。


「なんか……激やせしましたよね、涼子さん」


おれが言うと、


「実は5キロ痩せたの」


と涼子さんは右手の指で5を表し、嬉しそうに笑った。


「元々、痩せてたじゃないっすか」


「まあ、いろいろあって」


その理由を知って、飛び跳ねるほど驚く事になろうとは、おれはまるで分かっていなかった。


そして、懐かしさに翻弄され、なぜ涼子さんがこんなとこに居るのか、その疑問はすっかりそっちのけになっていた。


「夏井くん」


「はい?」


「ちょっと、後ろ向いてみて」


「え……ああ、はい」