「夏井先輩、ちょっと待って」


「うん?」


ふすまを開けながら振り向くと、村上は折り畳まれた新聞を右手に駆けてきた。


「これ、今日の夕刊っす。夏井先輩、毎日、夕刊読んでるでしょ」


「ああ。ありがとう」


今日まで、毎試合終えるごとに夕刊のスポーツ記事に目を通すのが、おれの日課になっていた。


夕刊を片手に中庭に出ると、やはり昼間とはまた別の美しさが漂っていた。


優しい月明かりに照らされる中庭は、言葉では言い表すのが難しいくらい、風情に包まれていた。


夜になるとタチアオイはさほど目立たず、暗闇の中でぼんやりとしていて、影が薄くなっていた。


その代わりに池に反射して、優しい光を放つ月が美しかった。


夏にしては、やや涼しい夜だ。


北斗七星とカシオペヤ座。


その真ん中に一等明るく輝いているのは、夏の北極星。


ガラス張りにもたれて館内から漏れてくる明かりに、夕刊をかざして目を通した。





ノーシード同士の決勝戦


守り勝つ守備と終盤の集中打




粘りの攻撃と小技を利かせた守備

西工業



明日、ついに決戦








「粘りの攻撃。小技を利かせた守備、か」


ガラス張りに後頭部をゴンとぶつけて、夜空を見上げ息を吐き出す。


「夏って、怖え」


つい、本音がこぼれた。


たった一球で、一打で、ゲームはひっくり返り、さらに反転したりして。


大差で勝っていても、最後の最後にサヨナラでグラウンドを去る者がいて。


夕刊をくしゃりと握り、もう一度、夜空を見上げた。


目を閉じて夜風を聞いていると、いきなりでかい音がして、慌てて目を開けた。


バァン、そのあと直ぐに、バタッという音。


それから、女の声がした。


「痛って……ててて」


中庭へ続くドアが開いたと思ったら、小柄な女が飛び込んで来て、まるでギャグ漫画のように顔面から転んだ。