「補欠、元気だといいなあ」


今、そこに居る翠を壊してしまうくらい、強く抱き締めたくなった。


「試合、生で観たいなあ。補欠がマウンドにいるところ、観たいなあ」


そう言ったあと、翠はカーテン越しにクスクス楽しそうに笑った。


「あたしの意識が戻ったの知ったら、補欠、びっくりしちゅうだろうなあ」


腰抜かすかもね、と翠は言った。


こんな時でも、翠は悪戯好きなのだ。


びっくりしたよ。


そう言おうかどうか迷ったあげく、おれは言うのをやめた。


西風が、病室の空気をやわらかくしている。


「会いたいなあ」


そう聞こえたあと、少しの間、翠の声が途切れた。


ぐすぐす、鼻をすする音がした。


泣いているのだろうか。


「決勝、終わったら。補欠、会いに来てくれるかなあ」


あたしのこと、忘れてないかなあ。


もし、本当に優勝しちゃったらどうしよう。


補欠、女の子にモテモテになっちゃうかも。


もう、あたしに会いに来てくれないかも。


翠は涙声で、でも、強気な口調で、うわ言のように話し続けた。


「あたし、補欠の彼女で良かった。生きてて良かったあ」


もう、翠は泣いていない様子だった。


「お母さん、聞いてるの? いないの?」


何も返事がないことで、誰もいないと察したのか、翠は静かになった。


おれも何も言えずに立ち尽くしていた。


泣いてしまいそうだったからだ。


しばらく沈黙が続いて、突然、翠がわあっと声を出して泣き出した。


西陽に、翠の泣き声が混ざって溶けていた。


びっくりした。


どうしたらいいのか、分からなくなった。


ちょっと、尋常じゃないかもしれないと心配になった。


苦しそうに、切なそうに泣く翠の声を、おれは初めて聞いた。


泣きながら、翠が言った。


「会いたい……」


開け放たれた窓から、少し強い風がひゅうっと入ってきた。


カーテンの裾が、パタパタとはためいた。