窓からはこうばしい匂いの西風がすうすうと入り込み、カーテンを揺らし、カンカン蝉の鳴き声も入ってくる。


「翠、寝たの?」


カーテン越しに、さえちゃんが優しく声をかけた。


ややあって、返ってきたその声は、少しだけぼんやりしていた。


「……お母さん?」


でも、想像していたよりも遥かに明るい声だ。


それでいて、高貴で高飛車な翠のハスキー声だった。


「うん。花瓶の水、取り替えてきたんだよ」


さえちゃんが言うと、そっか、と安心したような声がすぐに返ってきた。


胸がぐっと締め付けられた。


18年間生きてきたけど、今ほど生きてて良かったと思った瞬間はないかもしれない。


カーテンの裏から、ハスキーな声がした。


「お母さん、見て。夕陽。きれいだと思わない?」


あたしみたい、と翠は相変わらずの文句を添えた。


「きれいだね」


とさえちゃんは言い、背後にいたおれと目を合わせてにっこり笑った。


「お母さん」


「なに?」


「さっきの話の続きなんだけどさ」


「そうだったね」


そう言って棚に花瓶を置くと、さえちゃんはおれの左肩をポンと叩いて、病室から出て行こうとする。


おれはとっさにさえちゃんの腕を掴んで、軽く引っ張った。


なんで出て行くの? 、と訊こうとしたおれの口を手でふさいで、さえちゃんは人差し指を鼻の頭に当てた。


シー、というジェスチャーをした。


意味が分からず首を傾げてみせると、さえちゃんは口パクで「バトンタッチ」とだけ言って、本当に出て行ってしまった。


カーテンの裏から、ちょっと気弱な、でも、やっぱり生意気そうな声がした。


「補欠、疲れてないかなあ」


カーテンを開けようとして左手を伸ばしたけれど、おれはとっさに引っ込めた。


今、カーテンを開けたらいけないような気がした。


「肩、痛くないかなあ。夏バテしてないかなあ」


ハスキーな声なのに、甘ったれ声に聞こえる。