「響ちゃん、すごいよ! 決勝進出、おめでとう。それと、来てくれてありがとう」


「ありがとう、さえちゃん」


「うんうん。立派、立派」


ちょっと待ってね、とさえちゃんは言い、急いで花瓶の水を取り替えた。


「これだけ暑いと、花もすーぐ萎れちゃってさ」


「さえちゃん」


「えー?」


「これ、その花瓶に生けてよ」


さえちゃんの顔の前にタチアオイをそっと差し出すと、さえちゃんの手から花瓶が滑り落ちた。


「タチアオイ……?」


「さえちゃん、知ってたんだ。タチアオイ」


さすが女だよなあ、なんて思う。


感心しているおれの横で、さえちゃんが口元を押さえて涙ぐんだ。


「さえちゃん?」


おれの顔を潤んだ瞳で見つめながら、さえちゃんは震える声でつぶやいた。


「……たっちゃん」


まるで、おれの後ろに別の誰かを見ているような、遠い目をさえちゃんはしていた。


たっちゃん。


それは、さえちゃんの旦那さんで、翠の父さんの名前だった。


吉田達明(よしだ たつあき)。


だから、たっちゃん。


「ありがとう、響ちゃん。すごくきれい」


花瓶にタチアオイを1本ずつ生けながら、さえちゃんはとても懐かしそうな口振りで話し始めた。


「タチアオイ、かあ。いつだったかなあ……もう、忘れちゃいそ」