本間先輩が去ったばかりのマウンドに立ち、おれは横目でフェンスの向こうを見つめた。

溜息が出た。

生い茂る長身の雑草の隙間から覗くこの金色は、間違いなく翠だろう。

ぼうぼうに伸びた草が夕方の西風に揺れた時に、ちらちらと見え隠れする白いワイシャツと金色の髪の毛。

翠だ。

さっき本間先輩がグローブで指していた方へ歩いて行くと、確かに草むらの中に彼女は居て、気持ち良さそうに居眠りをしていたのだった。

「何やってんだよ、こいつ」

ガシャン、とフェンスを強めに一叩きして、おい、と声を掛けてやると、翠は細い体をびくりと動かした。

「起きろ! こんなとこで寝るなよ」

「ううー……」

「……起きろ!」

さすがに痺れを切らして、おれは大きな声を上げた。

すると、瞬時に大きな目がぱっくりと開き、翠がむっくりと草の中から現れた。

くあっ、と大きくて豪快なあくびをしながら。

「あ、ヘーイ、補欠! どこ行ってたのさ! 待ちくたびれて寝てたし」

「……お前、何やってんだよ」

「何って、補欠のこと待ってたんだけど」

翠は何年も檻の中に閉じ込められて鬱憤が溜まっている獣のように、金髪に草を絡ませてフェンスに飛び付いて来た。

まるで、雌豹だ。

しかも、美しい。

その異様な迫力に負けて、おれは思わず後退りした。

まさか草の中から翠が現れるなんて、健吾も思っていなかったのだろう。

おれから少し離れた場所で、健吾は目を丸くしてキャッチャーの面を土の上にゴトリと落とした。

「補欠、一生のお願いがあんのよ」

「はあ?」

おれは小さく肩で笑った。

まさか。

まだ、高校1年生なのに。

こんなシチュエーションで、しかも、一生のお願いをされてしまうとは。

しかも、翠から。

想定外もいいところだ。

「何笑ってんのよ! あたしの一生のお願いきいてくれなきゃ、本当のエースになんかなれないんだから」

そんな事をマシンガンのようにべらべらと話す翠を見て、おれはがっくり肩を落とした。