「少々、お待ちください」


そう言って、支配人はカウンターへ戻って行き、手にハサミを持ってすぐに戻ってきた。


「どれがよろしいかな。好きなのを幾つか選んでください」


「いいんですか?」


食い付いたおれに、支配人は微笑みながら頷いた。


「お見舞いに行くのに手ぶらはご法度ですよ。女性に会いにいくなら、特に」


「え?」


「女性は欲張りな生き物ですからね」


さあ、どうぞ、と支配人が中庭におれを招き入れてくれた。


濃ゆい濃ゆいショッキングピンク色のを1本と、純白色のを1本。


それから、淡紅色のを1本、支配人は丁寧に切ってくれた。


それを白い無地の包装紙でくるくる巻いて、おれに差し出した。


「どうぞ」


切り花となったタチアオイからは、極仄かに甘い香りがした。


翠の香水の匂いを不意に思い出し、恋しくなった。


アプリコットのように甘ったるく、でも、残り香は爽やかな香りに触れたくなった。


「ありがとうございます」


深く頭を下げると、支配人がおれの左肩をポンと弾いた。


「あなたの彼女は、高貴な女性なのかな?」


「すさまじく」


ピンチの時もしれっとしていて、しらけた顔をして。


高貴で、気高くて、艶やかで。


そう言うと、支配人はクスクス笑った。


「一度、お会いしてみたいですね。タチアオイのような女性に」


「機会があったら。けど、会ったら腰抜かしますよ。ダイナミックな女だから」


「ますます、興味がわきます」


「後悔しますよ」


今大会始まって以来、初めて穏やかな気持ちで人と会話をしたような気がした。


「じゃあ、行きます。本当にありがとうございました」


もう一度、丁寧にお礼を言って、おれは玄関を飛び出した。