別に、花に興味があるわけじゃない。


ただ、翠みたいだと思っただけだ。


もう一度、中庭に視線の基軸を戻してみる。


仲居さんが言った。


「タチアオイ」


「え?」


振り向くと、仲居さんはにっこり笑って、一礼するとその場を去った。


「タチアオイ」


初めて知った。


「私の1番好きな花ですよ」


タチアオイの花から視線をずらすと、いつの間にか隣には支配人が立っていた。


「タチアオイは、不思議な花でね」


そう言って、支配人はとても楽しそうに、生き生きと話し始めた。


「花茎の1番下に花が咲く頃に梅雨入りして、上まで咲き終わる頃に梅雨明けをします」


「へえ」


感心してしまった。


気象予報士の予報でさえことごとく外れるものなのに。


この花は、それを分かっているのか。


なんとも、ツボを得た咲き方だ。


「まるで薔薇のような花びらでしょう」


「そっすね」


「天を目指してすっと立つ花茎は清楚なのに、なかなかダイナミックでしょう」


「うん」


支配人の趣味は庭仕事と、花言葉なのだそうだ。


支配人はにっこり笑って、おれに花言葉というやつを教えてくれた。


「タチアオイの花言葉、知っていますか?」


野球が趣味のようなおれには、そんなものとうてい分かるはずがなかった。


「いいえ」


とおれが首を振ると、支配人は腰に両手を回して、中庭を愛しそうに見つめながらぽつりぽつりと話した。


「気高い美。高貴。それから、熱烈な恋」


さすがのおれも、吹き出してしまった。


こんな事ってあるんだろうか。


これは偶然なのか、はたして運命と呼んでいいものなのだろうか。


「花にも意味があるんですね」