昔ながらの竹細工の小箱。


蓋を開けてみると、中身は形のいい三角おむすびだった。


3つ、入っていた。


「腹が減ってるだろう。旅館に頼んで作ってもらった」


「おれに、っすか?」


「それを食べながら行くといい。吉田に会ってきなさい」


「けど」


「いいから行きなさい。岸野には言ってある。着替えて、玄関で相澤を待っていなさい」


会って、また気持ちを切り替えなさい。


そう言われて、おれは監督に頭を下げた。


「ありがとうございます」


そして、竹細工の小箱を片手に、立ち上がった。


「夏井」


「はい」


「夜7時の夕食までには戻りなさい。明日、勝っても負けても、仲間揃って飯を食えるのは最後になるだろうからな」


監督は、コミュニケーション下手だと言ったけれど、上手いのだと思う。


ちゃんと、部員たちの気持ちを理解している。


はい、と返事をした時、監督の携帯電話が鳴り出した。


がっくりした。


ついでに、こっそり笑った。


着うたが、氷川きよしだったからだ。


手短な会話を済ませ、監督が立ち上がった。


「相澤が着いたそうだ。急いで着替えて、病院に向かいなさい」


「はい。夕食までには必ず戻ります。ありがとうございます」


深々と一礼して、おれは監督の部屋を飛び出した。


大部屋に駆け込み、ユニフォームを脱ぎ、素早く遠征ジャージに着替えた。


白いポロシャツの背中には、横文字で『南高校 野球部』と、背番号の『1』が小さく然り気無くワッペンされている。


竹細工の小箱を抱えて大部屋を飛び出し、洗濯場へ飛び込んだ。


ゴウゴウ音を立てる洗濯機の前で、花菜が奮闘していた。


「花菜」


「なに?」


「おれ、翠のとこに行ってくるから。洗濯よろしく」


試合で汚れたユニフォームを、花菜に投げ飛ばして、おれは駆け出した。


「グッドラーック」


花菜の声を背中に感じながら。


玄関に向かっている途中、おれはやっぱり中庭の前で立ち止まった。