「そこ! 笑ってるなんて随分と余裕ね。さっさと動く!」

うす、と同時に返事をして、おれと健吾は念願の商売道具を小脇に抱え、ブルペンへと駆け出した。

「本間先輩! お疲れっす、交代っすよ」

「おー、夏井。お疲れ」

ブルペンで投球練習に精を出していた彼に声をかけ、ストップウォッチを差し出すと、本間先輩はなんとも奇妙な面持ちでのそのそとおれに歩み寄った。

ひどく重い足取りで、とにかく全てに納得がいかない。

そんなオーラを全開にして。

「本間先輩? どうかしたんすか?」

「いや、お疲れさん。夏井……あのさ」

「どうかしたんすか?」

もう一度訊くと、本間先輩は後ろを振り返り、フェンスをじっと見つめた。

「何か……変なギャルが来てさあ。絡まれた」

「変な?」

と俺が訊き返すと、本間先輩は、あそこ、と言ってブルペン横のフェンスの向こうの茂みを、グローブをはめた左手で指した。

濃い緑色の雑草が生い茂った中からちらちらと見え隠れする金色を見付けて、おれは呆れた声を漏らした。

「あああ……」

ロードワークの途中、河川敷で遭遇した結衣が言っていた言葉の意味も。

本間先輩が言っている、変なギャル、の正体も。

全ての事が一致したような気分だった。

例えば、1000ピースのジグソーパズルが、不意に完成してしまったような。

「補欠エースって、夏井のことか?」

本間先輩は疲れきった顔をして、おれに訊いた。

野球帽を取り、おれは答えた。

「はあ……たぶん、と言うか……そうです」

すみません、とおれは言い肩をすくめた。

別に悪い事はしていないのに、ひどく申し訳なく思えたからだ。

補欠エース。

おれの事をそう呼ぶ人間は、この世界に1人しか居ない。

きっと、今のところ、彼女しかいない。

「補欠エースはどこ? とか……何かマシンガンみたいな質問の嵐浴びたわ。何か、寝ちゃったみたいだし」

「寝た?」

後は任せた、そう言って本当に困ったように苦笑いをした後、本間先輩はブルペンを去って行った。