「使わないとか言うなよ。普通にへこむって」

おれが苦笑いすると、結衣は怒鳴り出した。

丸い形の垂れ目を釣り上げて、怖い顔をしている。

「いいから戻れよ!」

「分かったよ! はいはいはい……何、キレてんだよ」

翠を始め、結衣と明里。

3人は本当にに可笑しなトリオだ。

いや、確実にへんだ。

おれと健吾は結衣の勢いに圧倒されながら、走り出した。









ロードワークの帰り道、おれはよく既視体験をする事がある。

デシャ・ビュ、だ。

帰り道はいつも同じ事を疑問に思いながら、軽快に走る。

戻りの距離、が行きの距離よりも短く感じるのはなぜだろう。

全く同じ道を、同じ距離を走っているのに。

行き、と、戻り、では時間の感覚が麻痺を起こす。

グラウンドに戻り花菜に報告をすると、彼女は休ませる事なく次のメニューを与えてくる。

かなりのスパルタマネージャーだ。

「お帰り! じゃあ、ストップウォッチ、次は本間先輩達に渡して」

ピイッ、と短命に吹くホイッスルの音が、花菜のお気に入りらしい。

「で、次は投球練習! バッテリーは休む暇無しよ」

「ちょっと休ませてくれよ」

ぜいぜい、激しく呼吸を繰り返し、息も絶え絶えすがったのは健吾だ。

顔を真っ赤にして、大粒の汗を滝のようにぼたぼた流している。

花菜は優しい声をして、厳しい言いぐさをした。

「駄目! 選抜予選近いんだから。今月だよ、分かってるの?」

「きっつー! はいはい、分かってますよ」

「はい、分かってるならプロテクター持つ! 行った行った」

ほら、響也も、とまるで野良犬を追い払うようにシッシッと手の甲を振り、花菜は笑った。

おれと健吾は汗だくになりながら、お互いに顔を見合わせて笑った。

「花菜ってさ、結婚したら典型的なかかあ天下タイプだよな」

と健吾がひそひそと俺に耳打ちをして、悪戯にキシシと笑った。

だよな、とおれも笑った。

2人でキシキシ、キシキシ、笑っていると花菜が雷を落としてきた。

ピイッ、という短命な甲高い音のすぐあとに。