勉強や、女の気持ちはてんで駄目なくせに、でも、野球の事になると頭脳がフル回転する。


それが、岩渕健吾という男だ。


ツーアウト。


あと1つアウトを取れば、おれたちが決勝に駒を進める。


桜花ではなく、ノーシードの、ブランドも何も無い南高校が。


ところが、そんな時に限っておれの集中力がフツリと途切れかけた。


左肩をに、短命な激痛が走った。


濁流のような汗が、大洪水のようにボツボツと落ちる。


頬を伝い、顎からグラウンドに落ちていく。


おれは、確かに疲れきっていた。


肉体的にはもちろん、メンタル面も。


でも、これまで一度も感じた事のない究極の疲労感が、体にをまるごと包み込んでいた。


足が、その重さに耐えきれなくなりそうだった。


おれにカーブのサインを出す健吾が、ずっと遠くに見えた。


「夏井!」


その声に振り向くと、岸野が笑っていた。


「あせんなよ! 踏ん張れ」


おれはしっかりと頷いた。


ただならぬ疲労感だった。


それでも、このマウンドに立っている限り、ボールを握る。


健吾のミットを見つめる。


どんなに肩に違和感が残っていても、セットポジションに入れば、体はスムーズに動いてくれる。


その瞬間だけは、疲労感も脱力感も、肩の痛みもなくなる。


野球に翻弄される。


しかし、ツーアウトから走者を出してしまった。


おれの一球が甘過ぎたからだ。


ツーアウト、一塁。


呼吸を整えてバッターボックスを見た時、おれは息を呑んだ。


なんの悪戯だろう。


これが神様の悪戯なのだろうか。


なんて、残酷だ。


神様はギャンブル好きなんじゃないだろうか。


縦縞のユニフォーム。


桜花大附、の刺繍。


背番号、8。


平野 修司。


よりにもよって、この究極の土壇場で修司かよ。