カッコイイ言葉1つ言えないし、滅多に口を開かない。


試合中は、特に。


今だって、岸野の名前を口にしただけだ。


でも、岸野は何かを察したように頷き、グローブを軽く叩いた。


「オーライ。打たせろ」


すげえ、といつも感心する。


いつもおれの後ろにいるこの8の守護神たちは、口べたなエースの気持ちを理解してくれている。


頭があがらねえや。


健吾が、いつになく頭をフル回転させているのが分かる。


サインの出し方が、ひどく丁寧だったからだ。


右、アウトコース、低め、シュートボール。


おれは頷き、唇を噛むようにきつく、ボールを握った。


カン。


おれが投じたシュートボールを、桜花の1番打者が捕らえた。


初球からバットを当ててきた。


その打球は少し高めのバウンドをして、予想通りに岸野にさばかれる。


ワンアウト。


興奮した。


あの、冷静沈着で、いかなる場合も虎視眈々とした空気を漂わせている桜花が、悲鳴のような声を上げて、ベンチから身を乗り出している。


あの、桜花が、だ。


尋常ではないほど、桜花のベンチは緊迫した雰囲気が流れて見えた。


声を枯らして、叫んでいる。


ワンアウト。


桜花の2番打者が、なみなみならぬオーラを放ち、バッターボックスに入った。


右打者だ。


健吾からのサインは、スクリューボールだった。


ミットを構えた健吾が、面の奥でにやりと笑ったのが分かった。


まったく。


この切羽詰まった状況だってのに、笑ってやがる。


おれはグローブで胸を押さえ、ひとつ深呼吸をした。