監督ですら、ナイスファイト、と岸野の頭をメガホンでポコンと叩いた。


岸野の気持ちが、痛いほど分かるからだ。


だから、誰も責めないのだ。


1点でも多く、1点が欲しいのだ。


全員が、その1点の怖さを知っているからだ。


10点差つけて勝っていても、いつ逆転されるか分からない。


それが、夏だ。


結局、そのあとは打線を繋ぐことができずに、南高校1点の勝ち越し。


桜花
042 010 001 000
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
000 043 100 001




延長14回。


表、桜花の攻撃。


ここを守り切ることができたら、南高校が勝利を掴む。


でも、もし、あと2点追加されたら、サヨナラ負けになる。


点差は、1。


この1点が凄まじく怖い事も、試合を左右する事も、分かっている。


やっと、ここまできた。


長かった。


果てしなくて、苦しくて、もう嫌になってしまった事もあった。


春の選抜県予選は、1回戦敗退。


地区大会は、2回戦であっけなく散った。


ノーブランドのおれたちが、今、ここに立っている。


奇跡なのだと思う。


ブランド高校と、あの強豪桜花と闘っているのだ。


しかも、勝ち越している。


震えが止まらなかった。


怖じ気づいたわけではない。


おれは、震えてしまうほど興奮していた。


「この回で終わりにしようや!」


ホームベースの手前に出てきて、健吾がナインに向かって声を張り上げた。


グローブを突き上げ、みんながそれに答える。


マウンドに立ち、ロジン袋を手のひらで転がし、おれはボールを握った。


打者は一巡して、再び1番打者から。


セットポジションに入る前に、おれは右後ろを振り向き、告げた。


「岸野」


おれは、元々おしゃべりな方じゃないし、気持ちを言葉にして伝えるのが大の苦手だ。