だから、野球はおもしろい。


麻薬のように抜け出せなくなる。


「見てみろ」


と監督は冷静な面持ちで、マウンドを指差した。


「あの桜花が。冷静に見えていて、リズムが崩れかけているだろ」


その証拠に、あれほどズバ抜けた好投を魅せていた右腕エースが、初のフォアボールを出したのだ。


「ほら、見ろ」


ワンアウト、1塁にして、桜花は右腕エースをベンチに下げ、リリーフ投手をマウンドに送ってきた。


イガに続く2番、昌樹。


3番、岸野。


リリーフ投手の巧みな変化球に翻弄され、今までの反撃が夢だったかのように、あっけなくスリーアウトになった。


5回裏が終わって、グラウンド整備が行われた。


ダッグアウトの奥で、花菜が携帯電話を握り締めていた。


プロテクターを身につけた健吾が、おれの背中を叩いた。


「肩、大丈夫か?」


「ああ、うん。でも、少し温める」


5回裏の攻撃が思っていたよりも長引いたので、おれは肩をならすために、ベンチの脇で軽くキャッチボールをする事にした。


桜花

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ボールを握る。


その固さを指先で噛み締める。


ゆっくり、大きく左肩を回して、健吾のミットに投げる。



グラウンド整備が終わりそうな時、ベンチから花菜が飛び出してきた。


キンキン声を、さらにキンキンキンキンさせて。


「響也! 響也!」


健吾から返ってきたボールをグローブでキャッチして、花菜に向かった。


「なに?……おっと」


おれの腕に飛び付いてきた花菜は、きらきらした可愛らしい目を潤ませていた。


アンダーシャツで額の汗をぐいっと拭い、帽子をかぶり直したおれに、花菜が興奮気味に言った。


「あのさ、えっと、あのね!」


花菜の小さな両手を腕からそっと離して、おれはクスクス笑った。


「なに興奮してんだよ。ベンチ戻れ。もう6回始まるよ」



「響也!」