2球目。


勇気のバットが空を切る……でも、途中で止まった。


高めの、ボール。


「あーっ……危ないーっ、勇気のバカ! ボールだってばあっ」


主審がボールだと判断したジェスチャーを見て、花菜はほっと胸を撫で下ろした。


「スピードボールにつられちゃだめよ、勇気!」


ワンストライク、ワンボール。


ベンチの中は、デットヒート並に熱を増した。


さっきまでの暗雲立ち込めた空気が一変して、でも、声を出せないほどの緊張感がはりつめていた。


何かが、起こる。


これを例えるのならば、嵐の前の静けさだ。


このグラウンドという場所は、この野球というスポーツは、いつ、何が起こっても不思議ではないのだ。


だから、グラウンドという場所なのだ。


一球が、一打が、一瞬の気の迷いが、一瞬の覚悟で。


試合は何かの前触れもなく動き出し、思いもよらない方向に変化してしまう。


それが、野球だ。


おれたちが夢中になっている、野球だ。


初回で、最終回で、何が起こっても不思議ではない。


その一球で、その一打で、運命は大きく反転することは稀じゃない。


それが、夏だ。


桜花のエースがセットポジションに入る。


しなやかなフォーム。


息を呑む、リリース。


勇気のバットが、鋭く降り下ろされた。


「あっ……うわあああーっ!」


スコアブックにペンを叩き付け、雄叫びのような声を上げながら、花菜が立ち上がった。


でも、その雄叫びはあっけなく場内の歓声に埋もれる。


勇気がバットを放って、駆け出した。