あのバットに捕らえられたら、ひとたまりもないのだろう。


少し、臆病になった。


その時、ブルペンの横のフェンスに、応援スタンドから抜けて2人の女が飛び付いてきた。


「夏井ー! 来てやったよー!」


県立球場には到底縁のない、濃い化粧。


制服のスカートは短いし、ピアスはしているし。


「つうか、信じらんないっつうの! まっさか、準決まで勝ち進むなんてさ」


結衣と明里だ。


「こっちに来るなよ。気が散る」


おれは帽子のつばを掴み、ぐっと深く被り直した。


「お前らが応援してくれなくても、甲子園に行くんだよ」


超なまいきー、とか、えらそー、だとか。


結衣も明里も、相変わらずだ。


でも、この2人だけはどうしても憎めない。


小生意気な女たちだけど、根は底無しに優しくて友達想いで。


結衣と明里を見ていると、女の友情ってすげえやって思う。


「夏井!」


結衣が言った。


「さっき、明里と一緒に翠のとこに行ってきたよ! 翠はやっぱり強い女だよ! だから、夏井も踏ん張りな!」


ほら、みろ。


やっぱり、いいやつらだ。


さんきゅ、と言い、おれは健吾のミットに一球一球を丁寧に投げ続けた。










9時50分。


両チームが、それぞれのベンチに下がる。


ダッグアウトから顔を覗かせて、3塁側ベンチを見つめた。


桜花は、いつにも増して冷静だった。


特別、緊張した表情のやつは1人も見当たらない。


控えの選手たちでさえ、冷静沈着に見える。


それでいて、笑っているやつもいない。


記録員としてベンチに入っている花菜が、おれの背中を叩く。


「桜花の平野くんだっけ? 響也と健吾、中学一緒だったんだよね?」


桜花のベンチを見つめながら、おれは頷いた。


「うん。そう。背番号8で4番」