「まったく……こんなに落ち着きのないやつらを受け持ったのは初めてだ」


そんな事をブツブツぼやきながらも、監督は嬉しそうに笑って部屋に入った。


その時、向かいの1人部屋から花菜がひょっこりと顔を覗かせて、クスクスわらいながら言った。


「健、冗談通じないから。私と響也がどうにかなるなんて、有り得ないのにね」


「うん。確かに。同感」


「だって、そんな事になったら、私、殺されちゃうもん」


「岸野って、そんなに妬くタイプなんだ?」


わざとらしく冷やかす口調で言うと、花菜は一度キッとおれを睨み付け、呆れた顔で笑った。


「響也って、しれっとしてバカだよね。違うよ。翠ちゃん」


「翠?」


「そう。響也に手出したら、私、翠ちゃんからぶっ殺されちゃう」


キャハハハ、とひっくり返りそうなほど笑いながら、おやすみ、を添えて花菜はドアの向こうに消えた。


「おやすみ」


花菜の部屋のドアにこっそり微笑みかけて、おれは呟いた。


「花菜、ありがとう。お前には感謝してるんだ」


おれは、感謝している。


マネージャーに。


キャプテンに。


ナインに。


部員たちに。


監督に。


相澤先輩に。


それから、翠。


きみが居なかったら、とおれは思う。


翠が居なかったら、おれは今、ここには居ないのだろうと思う。


明日、修司に勝ったら、一度、報告しに行きます。


もし、勝つことができたら。


決勝戦前に、一度。


翠は、夢から覚めていないかもしれないけれど。


それでも、決勝戦前に、もう一度伝えようと思う。


そして、決勝戦に望もうと思う。