その時、突然、大部屋のドアが全開になり、岸野が飛び出してきた。


「夏井」


岸野は怖い顔をしていて、おれをギロリと睨んだあと、花菜の腕を引っ張って向かいの部屋に押し込んだ。


「えっ、ちょっと、健?」


「花菜はもう寝ろ」


それだけ言って、岸野は花菜の部屋のドアをバタリと閉めた。


「おいおい、岸野。みんなの言ってること、間に受けるなよ」


クスクス笑いながら言うと、岸野は顔を真っ赤にして、大きな声を出した。


「うっ……うけてないやい!」


どもっている岸野も、動揺を隠し切れていない岸野も、おれは初めて見た。


いつも冷静に回りを把握し、先を見据えて判断する岸野がおろおろしていた。


そんな岸野でも、花菜の事になるとこうなるのか。


岸野の唯一の弱点は、花菜ってわけか。


「岸野、ごめん」


イガが小さくなって、岸野に話し掛ける。


「ちょっとイタズラでからかっただけで」


なあ、とイガが健吾の肩を小突くと、健吾も慌てて話し出した。


「まさか、本気にすると思ってなくてさあ。ごめん、岸野」


岸野は真面目で、たまに冗談が通じないことがある。


「くだらねえ事してねえで、少しは明日の心配しろよな」


岸野は顔を真っ赤に沸騰させムッとした様子で、大部屋に入って行く。


そして、バットを片手に再び廊下に出てきた。


「どこ行くんだよ」


おれが訊くと、岸野はでっかい声で答えた。


ぶっきらぼうな口調で。


「素振りしてくる! 明日、夏井がどんなに好投しても、おれたちが打てなきゃ、勝てないから」


その言葉を聞いたメンバーが、おれもおれも、と次々に大部屋を飛び出してきた。


バットを片手に。


ドタドタ、ドシドシ、祭り騒ぎのように騒ぎながら飛び出して行く足音に気付いたのか、1番奥の部屋のドアが開き、監督が出てきた。


「お前たち、どこに行く! 待ちなさい」


素振りです!


全員声を揃えて、階段を駆け下りて行った。