「行こう、響也」


にこにこ、満足気に微笑みながら、花菜がおれの腕を引っ張った。


「うん」


階段を上がり、右手がおれたちの大部屋で、左手には花菜専用の一人部屋があった。


その手前で、花菜が立ち止まり、おれを見上げた。


「おい! 補欠エース! 甲子園に連れてけ!」


今、目の前に居るのは花菜なのに、なのに、花菜の背後に翠の笑顔が見えた気がした。


「きっと、翠ちゃんも諦めてないんだよね。だから、響也も諦めないでね。明日、頑張ろうね!」


花菜がみんなに愛され慕われている理由が、もう1つ分かった気がした。


こうやって、然り気無く背中を押してくれるからだ。


やっぱり、最高のマネージャーだと思った。


「花菜。なんか、色々ありがとう」


そう言って、おれは花菜の頭をポンと叩いた。


その時、大部屋からでかい男たちがギャーと雪崩のように飛び出してきた。


「響也! おまえ……翠ちゃんというものがありながら!」


1番下敷きになっているイガが、苦しそうな表情でおれをじっとりとした目で睨んでいた。


「はあ?」


「花菜と逢い引きしやがって」


次々と、ナインも顔を出してやんやと囃し立て始めた。


「あっ、あいびきー?」


「夏井、お前ってやつは! コノヤロー」


「不倫っすよ、不倫!」


「勇気は頭わりいなあ! 花菜と岸野はまだ結婚してねえから、浮気だろうが」


「あ! そっか! 浮気だ、浮気!」


さすがに、がっくりした。


「アホ! 違う! 今、下で監督に呼び止められて」


おれの言葉を遮り、花菜が身を乗り出した。


「暇なやつらだねえ! 何ぬけたこと言ってんのよ」


花菜がげらげらと笑いながら、くだらなーい、なんておれの肩をバシバシ叩いた。