準決勝、前夜。


南高ナインは、県立球場近くの老舗旅館で明日に控えていた。


歩くとキシキシと軋む、床。


昔ながらの木造の建物で、でかい銭湯のような大浴場があった。


フロントの横には、携帯電話が復旧してからはあまり見掛けなくなった、緑色の公衆電話があった。


ほこりをかぶった、でも、立派なフクロウの剥製があって、そのすぐ真横の狭い通路を抜けると、風情な中庭があった。


入浴を済ませ、夕食後、ナインのミーティング。


マッサージをし合ったり、ストレッチをしたり、桜花の試合をDVDで確認して対策を練ってみたり。


各々が、ほどよい緊張感の中、前夜を過ごしていた。


1人になりなくて、おれはこっそりと大部屋を出た。


うろうろしてフロント前に行くと、カウンターの中には支配人が立っていた。


中年で、眼鏡をかけていて、中肉中背の物腰の低い男の人だった。


「おや、どうかしましたか?」


南高野球部の遠征用ジャージを着てひょっこり現れたおれに、支配人が微笑みかける。


いいえ、と言いかけて、おれはガラス張りの向こうに見える風情な中庭を指差した。


「あそこ、行きたいんすけど。入れますか?」


「ええ、かまいませんけど。でも、雨が降ってますよ」


カウンターからひょいと身を乗り出して、支配人が中庭を覗き込んだ。


いびつな形の石で縁取られた、直径約5メートルほどの池。


鯉が数匹、泳いでいるのが見える。


その池の回りをとぐろを巻くような砂利の小道があって、かなり丁寧に手入れされた盆栽や植木があった。


あれは、もみじの木だろう。


青々と、若葉が雨に打たれて揺れていた。


「うん。大丈夫っす。濡れないように、軒下に居ますから」


もう一度、だめですか、と訊くと、支配人は微笑みながら、これまた風情のある物を用意してくれた。