額に滲んだ汗をアンダーシャツで拭い、おれは健吾からボールを受け取った。


「健吾……」


健吾が、わっはっはと豪快に笑いながら、おれの左肩をバシバシと叩く。


「へっぴりエースが! んな面するなよ。一球目は響也に任せる」


「は?」


「響也が、これしかねえぜって思う一球、投げろ」


でも、と戸惑うおれに、健吾は一言だけ告げてホームベースまで駆けて行った。


「どんな球でも、このおれが絶対に捕る」


おれは、昔からポーカーフェイスで、でも、それはただ単に、必死にポーカーフェイスを装っているだけだ。


本当は、吐き気がするほど緊張していた。


一球目、何を投じるべきか悩んでいると、右斜め後ろから明るい声が飛んできた。


「夏井! 深呼吸!」


振り向くと、遊撃手の岸野がグローブを振って笑っていた。


「お、おう」


「バーカ! 三振なんか、誰も期待してねえよ! 打たせろ、打たせろ」


全部、アウトにしてやるから、と岸野は生き生きと笑った。


マウンドの土を確かめる。


その感触に、酔いしれる。


空を見上げ、長い息を吐き切る。


空が、高い。


青い。


風。


西から東へと、凪いだ波のように緩くふいている。


「夏井ー! 気楽に投げろ」


「打たせろ」


聞こえる。


聞こえる。


おれの後ろをがっちりと守備してくれる、7人の守護神たちの声。


やってやるよ。


もう、迷わない。


やるしかねえから。


この初戦がどっちに転ぶかなんて、試合の蓋を開けてみなければ最後まで、誰にも分からない。


だから、こんな補欠エースにだってチャンスはある。


「おす」


左打者、か。


バッターボックスには小柄な、でも、負けん気の強そうな明成の選手が入った。


左打ちで、いかにも俊敏ですばしっこそうなやつだ。