監督は何も言わずに、腕を組んだまま頭を垂れ下げた。


岸野がでかい声で続ける。


「夏井が欠けた状態で勝っても、意味がないっす!」


お願いします、お願いします、とナインたちが必死に頭を下げてくれた。


だからこそ、おれは頭を上げられなかった。


いや、みんなに頭が上がらなかったのだ。


南高校野球部に入って、このメンバーと今日まで同じ球を追い掛けてこれた事に、涙が止まらなかった。


「おれたちは、夏井の左腕に、最後の夏を託すつもりです」


夏井の左腕に、高校最後の夏をかける。


岸野の言葉が、胸に響いた。


痛いほど突き刺さり、心臓を射抜いた。


なんちゅう、キャプテンだ。


むちゃくちゃ、かっけえ。


岸野もまた、八重桜だ。


翠や修司と同じように、岸野も根っこの強い八重桜だ。


しばらく沈黙した重い空気が流れ、そして、監督がベンチを立った。


「夏井」


監督は、土下座していたおれの左腕を掴み、ぐいっと持ち上げて立たせた。


「少しは寝たのか?」


「え……」


「その様子だと、一睡もしていないんだろうな」


そう言って、監督は、おれの背中を思いっきりバシーッと平手打ちした。


「キャキッとしなさい! 背番号が泣いてるじゃないか!」


背筋が、しゃんとした。


「マネージャー」


監督が呼ぶと、花菜は入り口からひょっこりと入ってきた。


「はい」


「メンバー表、大至急、書き直してくれ」


花菜はきょとんとした目をして、呆然と立ち尽くしていた。


「へ?」