ベビーフェイスをくしゃくしゃにして、イガは花菜に微笑んだ。


花菜は涙をぐいっと脱ぐって、うん、と頷いた。


おれは、やっぱり、いつまで経っても補欠なのかもしれない。


バカだ。


こんなしょうもない投手のために、ナイン全員とマネージャーが必死になってくれている。


取り返しのつかない迷惑をかけているのに、2人はおれを責めようともしない。


おれは、震える左手で勢い良くドアを押した。


「遅れました! 本当に、すみませんでした!」


豆鉄砲をくらったような顔をしているナインに頭を下げた後、おれは監督の前に出て、膝をついた。


「おれに、投げさせて下さい! お願いします!」


左横で、すすり泣く声だけが聞こえる。


ドア先で、花菜が泣いていた。


しん、と静まり返るロッカールームに、監督の低い声が響く。


「夏井、お前は自分勝手過ぎる。今日は横山が先発だ。お前には、チャンスを与えたはずだ。そのチャンスを棒に振ったのは、お前だ」


諦めろ、と監督は溜め息混じりの声で言った。


その時、おれはハッとした。


深夜、別れ際に監督はおれに言った。


投げる気があるなら、8時までに来なさい、と。


その8時は、とっくの昔の話だ。


もう、9時を過ぎている。


おれは、頭を上げることができなかった。


人に厳しく、自分にはもっと厳しく。


監督は、そういう筋の通った男なのに。


なんでもっと早く、行動に移せなかったのだろう。


おれには、翠と、野球しかないことくらい、分かっていたはずなのに。


悔し涙が頬を伝った時、右隣に健吾が来て監督に土下座をした。


「響也に投げさせてやってください!」


「岩渕……」


「おれからも、お願いします!」


今度は、左隣に岸野が来て土下座をした。


「おれたちは、今日まで3年間、毎日いっしょにやってきたんです」